

仏式では、忌明けの法要のあと百ヵ日、一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌などをその年の命日か、前に繰上げて法要を営みます。神式では五十日祭のあとは百日祭、一年祭、二年祭、三年祭、五年祭、十年祭などを霊祭といって祭祀を行なうのが通例です。キリスト教は、カソリックでは追悼ミサ、プロテスタントは記念式などといい、仏教のように堅い決まりはないようですが、カトリックの万霊節のほかは一年目、二年目、三年目とやはり命日に教会に行き、礼拝をするのがふつうです。三回忌くらいまでは、故人と親しかった友人、知人も招いて、法要を営むのが一般的ですし、周囲の人々も故人を偲んでお参りしたいと思うのが自然な気持ちで施主から法要の案内があったら、なるべく出席するのがマナー。当日は、法要のあと飲食などのもてなしの席が設けられるのが一般的です。そして、遺族は49日の法要後に香典返しを贈ることがマナーです。
文脈にもよりますが、「苦しむ」「終わる」「消える」「枯れる」「しおれる」「倒れる」「死ぬ」などといった言葉は、昔から見舞い状には避けたほうがよいといわれています。大切なのは病気の相手を思いやる心で、言葉や形式にとらわれるより、あくまでも自分の気持ちを素直に表現することです。冠婚葬祭につきものなのが、マナーとタブーですが、それらの中には現在は通用しない形式主義的なものも少なくありません。一応の心得は必要ですが、あとは臨機応変に対応してください。相手の立場に自分を置いてみて判断し、慰めや励ましになると思われる言葉を積極的に用いて見舞い状を書きましょう。そして、退院した際には、お見舞い状などを頂いた方に「快気祝い」としてお返しを贈ることを忘れずに!
出産、七五三、結婚、受賞、賀寿、銀婚、金婚式、新築、病気全快などの場合に、内祝いの品を配ります。内祝いはいただいたお祝いのお返しとはちがいます。内祝いは内々の祝いということのほかに、自分で自分を祝う「自祝い」の意昧がふくまれています。自分の祝いを他人にもともに喜んでもらうということです。ですから、お祝いをもらうもらわないにかかわらず、喜びを人にわかつために自分のほうから配るものなのです。古稀の祝いを迎える人が、自筆の書画を風呂敷に染め抜いて配ったり、お茶人は袱紗を特別に染めたりしますが、これによって、もらった人は長寿にあやかることができるのです。内祝いはお祝いをもらわなくても配るものです。
電報といえば、結婚式やお葬式にもらうというイメージがあるかも知れませんが、誕生日んどにも適していると思います。実は私も以前誕生日にもらったことがありました。両親にもらったのですが、ぬいぐるみのついているものでした。そしてそのぬいぐるみは細い筒を持っているのですが、この筒の中を開けるとメッセージが入っているというものでした。非常に嬉しかったことを覚えています。丁度20歳という節目の時というのもあるのですが、いい思い出になったことを覚えています。これは友達の誕生日や親御さんの誕生日などにも活用をする事ができるのではないかと思います。非常に喜ばれると思います。これもかなりの沢山のデザインのものがありますし、ぬいぐるみのようにプレゼントにもなるものもあるのでこのようなものも選んでもらいたいと思います。
ALSOK電報
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